小池真理子の「恋」は複数愛に興味がある人におすすめ(ネタバレ注意)

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今回は、小池真理子さんの直木賞受賞作「恋」です

10年ほど前、女性作家の直木賞作品を順番に読んでいた時があったのですが、その頃に初めて読みました

そして、今回、あらためて読み返してみたのです

と言っても、ストーリーはほとんど覚えていなかったので、初めて読んだのも同じでしたが

ともかく、さすが直木賞受賞作だけあって、ぐいぐいと引き込まれ、心を揺さぶられたので、ご紹介したいと思います

一番の秘密だけは書いていませんが、そのほかはネタバレが含まれるので、ご了承願います

なお、複数愛の古典的な小説として、ロバート・A・ハインラインの「異星の客」も記事にしていますので、ぜひご覧ください。

主要登場人物

この作品は、ある架空の殺人事件を題材にして、事件の当事者たちの特殊な男女関係を描いている

その事件とは

1972年2月、連合赤軍が軽井沢にある保養施設「浅間山荘」で人質をとって立てこもった「浅間山荘事件」と時を同じくして、同じ軽井沢の別荘で若い女性(矢野布美子)が猟銃で若い男性一人(大久保勝也)を殺害、もう一人の男性(片瀬信太郎)に重傷を負わせたという事件

以下、主な登場人物を簡単に紹介しておくと

鳥飼三津彦〜作家。小説のネタとしてこの事件に興味を持ち、既に出所していた布美子に接近。死の床にある布美子から事件の全貌を聞き出す。物語は、鳥海が布美子から聞いた話、として始まる

矢野布美子(22)〜主人公。M大学生。アルバイトで片瀬夫妻と知り合い、この二人の世界に強く惹かれ、信太郎と関係を持つようにもなる。後に殺人事件を起こし服役。出所後しばらくして癌で死去

唐木俊夫〜最近まで布美子アパートに居候していた元カレ。左翼活動家の大学生。この事件の少し前に腎臓病で死去

片瀬信太郎(35)〜S大学助教授。雛子の夫。目黒のマンションで雛子と二人暮らし。「ローズガーデン」という官能小説の翻訳作業のアルバイトとして布美子を雇う。雛子とお互い愛人を持つことを認め合って楽しくやっているが、雛子に大久保勝也という新しい恋人ができたことでその関係が壊れる。雛子との関係について秘密を抱える

片瀬雛子(28)〜信太郎の妻。元華族で資産家である二階堂忠志の長女。信太郎公認の下、複数の愛人との関係を楽しんできたが、大久保勝也に恋をして、最後は駆け落ちする。信太郎との関係について秘密を抱える

二階堂忠志〜雛子の父。元子爵。事件現場となった軽井沢の別荘の持ち主

半田紘一〜信太郎の元ゼミ生だった若者。雛子の愛人

副島〜イタリアンレストラン「カプチーノ」を経営する40代の男性。雛子の愛人で信太郎の狩猟仲間

大久保勝也(25)〜軽井沢の電気店アルバイト。片瀬夫妻の別荘に仕事で呼ばれて雛子と知り合い、恋仲となる。その後雛子と駆け落ちするが、最後は布美子に撃ち殺される

あらすじ

夫である信太郎公認の下、その教え子や友人を愛人にする雛子と、そんな関係性を楽しむかのように平然としている信太郎

布美子は、左翼活動家の唐木との貧しい生活から一転して片瀬夫妻のブルジョアで享楽的な生活に心を奪われ、心の空洞を埋めるかのように片瀬夫妻との関わりを深め、そこに依存していく

布美子自身の中にあった退廃的な性愛への憧れとも相まって、雛子公認の下で信太郎と肉体関係を持ち、雛子とも性的な接触をし、信太郎と雛子に求められて二人のセックスをそばで眺めるなど、アブノーマルな世界へ誘われてその至福に酔う

しかし、雛子が大久保勝也との「恋」に落ちたことから、この関係性が脆くも崩れる

雛子の半田や副島との愛人関係には何の嫉妬も感じない信太郎であったが、大久保との関係には激しい嫉妬に苛まれ、夫婦関係は一気に険悪化

布美子も、片瀬夫妻という一対の美しく理想化された憧れの対象が壊れることに恐怖すら感じ、なんとか大久保を排除しようとするが、強く惹かれ合う雛子と大久保の恋の勢いを止めることはできず、微妙なバランスの上に成り立っていた3人の関係も崩壊する

信太郎がキレて目黒の家の中をめちゃくちゃに壊した日、雛子からの連絡で駆けつけた布美子は、信太郎に連れられて強羅の連れ込み温泉宿へ行き、そこで信太郎と雛子の関係についてある秘密を打ち明けられる

布美子と信太郎がマンションに戻ると、室内は綺麗に片付けられ、雛子の姿はなかった

信太郎が仕事で出かけた後、雛子から電話が入り、布美子は、雛子から「信太郎のもとには戻らない」という決意を聞かされる

布美子は、軽井沢の別荘にいるという雛子と大久保の下へ急いで駆けつけ、信太郎から聞いたばかりの秘密を大久保にも伝えて、雛子と別れさせようとするが、大久保からの反応は予想外のものだった

布美子は、別荘内にある猟銃を持ち出し、大久保を撃ち、さらに撃とうとした時、大久保をかばおうと雛子が間に入り、ひなこをかばおうと信太郎も間に入ったため、布美子が撃った弾は信太郎に当たった

大久保は死に、信太郎は車椅子の生活となる

布美子は警察に自首し、秘密を抱えたまま服役を終えて、ひっそり暮らしていたが、癌に侵されてこの世を去った

心に残ったテーマたちについて

なぜ「恋」というタイトルなのか

信太郎と雛子、雛子と半田、雛子と副島、布美子と唐木、布美子と信太郎、布美子と雛子、そして雛子と大久保

それぞれの関係に「恋」はあると言えばあるが、この物語の時点で、深く、激しく、ストレートな、本物の「恋」と呼べるのは雛子と大久保の関係だけだ

だからこそ、それまでの一見幸せな安定した関係性を全て破壊するパワーを、雛子に与えた

だからこそ、信太郎は、初めて嫉妬に苛まれることになった

それに対し、他の関係は、享楽的、便宜的、表面的と言ってもいい

楽しんではいるが、苦しみを伴わない範囲内でしか関わらないように注意深く組み立てられたガラス細工の砂上の楼閣のようなもの

ときめきや快楽だけのいいとこ取りは、いつか飽きが来て表面を取り繕うだけになり、本気の恋にぶつかると一瞬で崩れ去る

そんな「恋」のパワーを浮き彫りにした物語だから、タイトルは「恋」なのだと感じた

布美子はなぜ大久保を撃ったのか

ごく単純化して言えば

布美子、信太郎、雛子の3人の享楽的な関係は、信太郎と雛子の一対の関係があってこそ存在していたのに、そこに大久保が割って入り、雛子が大久保に夢中になることで信太郎と雛子が引き裂かれ、布美子もその幸せな世界から放り出されてしまった

そのため布美子は、3人の関係を壊した大久保が邪魔で、大久保が憎くてたまらなくなって、大久保を撃った

ということになる

しかし、それだけでは、「なぜ、そこまでしたか」という問いに答えていない

それについて、布美子は、「虚無」であると説明している

おそらく、布美子は、自己の存在価値のようなもの、この世界での自分の居場所のようなものを実感できていなかったのだろう

その空洞を、ちょっと前までは左翼活動家の唐木をサポートすることで少し満たしていたが、そこに入り込むほどには共感できず、また唐木も布美子も精神的に幼くてありがちなパワーゲームに陥っていた

そこに、片瀬夫妻が現れ、布美子の中に眠っていた退廃的、享楽的な性愛関係への興味や、見たことのないブルジョア的な暮らしへの憧れと相まって、布美子を夢中にさせた

布美子は片瀬夫妻との生活の居心地の良さ、信太郎のゆとりのある大人の態度に、ひととき現実を忘れ、自己の心の空洞を忘れることができた

そこに自分の幸福を、自分の存在そのものを依存していた

それゆえ、その世界を壊す大久保を悪者としてしか見ることができず、大久保のせいで自分が奈落の底に落とされるような恐怖感を覚えたのであろう

そして、大久保から信太郎と雛子の関係を客観的に断罪され、雛子が信太郎の元に戻らないことがはっきりしたとき、布美子は空っぽの自分、すなわち虚無感の中に放り出され、普通なら行動に移さないであろう殺意を制御することができなくなって、猟銃を手にし、引き金を引いたのだろう

オープンな複数愛は成り立つのか

雛子は、信太郎の他に、半田、副島との関係を持ち、信太郎は、雛子の他に布美子との関係を持っており、しかも、相互に知り合いで、その性的な関係をオープンにしながら仲良く付き合っている

確かに、そういう関係性はあり得る

好きな人への独占欲や嫉妬心は、ときに猜疑心を膨らませて相手の自由を束縛し、コントロールしようとするパワーゲームの世界に人を引き入れ、結局は恋愛関係をダメにする

だから、独占欲や嫉妬心をなきものにして、お互いに浮気や愛人を持つことを許し合うならば、二人の関係も長続きするし、恋愛を楽しめるように見えることもある

うまくいっていたときの片瀬夫妻のように、愛人はみなペットにすぎず、秘密を共有する二人の間には特別な絆があって、他の誰かに本気になることはないという信頼感があるときならば、その範囲内でのみ成立するだろう

しかし、本気で好きになってしまったら、自分の好きな人が他の異性と愛を交わすことを嫌だと感じない人はいない

もしそれが平気だというなら、本気で人を好きになったことがないか、自分も罪悪感なく複数の異性と愛を交わすための交換条件として、心のどこかを麻痺させているのではないかと思う

信太郎だって、半田や副島が相手なら大丈夫だったが、自分の支配の外にいる大久保が雛子の相手になった途端に嫉妬に苛まれるようになった

半田や副島なら、ペットの範囲をはみ出ることはないという暗黙の了解があったから大丈夫だったのだ

誰かに依存し、その関係を失うことを恐れて、あるいは義務感や倫理観から、パートナーの存在を自分の束縛と捉えてしまうことは、自分の人生を生きられなくするパターンの一つである

そうではなくて、パートナーへの愛と二人の関係性を満たすことによる充足感から、外へ向く性的な関心が自然と弱まり、パートナーが嫌がることはしたくないという思いやりが自然と生まれるときがある

独占欲や嫉妬心とも向き合い、その苦しみも味わいながら、パートナーシップと取り組むことによる経験と、そこでしか味わえない幸せがある

その流れの先に、別れがあるかもしれないが、どこでどんな運命が待っているかわかないのだから、先のことをあれこれ考えても仕方がない

別れが来たならそれを受け入れて味わい、また次の経験を受け入れて味わうのみ

そんな自然な流れで、自分の心に素直に正直に恋ができたらいいなと思う

僕はそのように感じるけれども、当然のことながら、価値観、恋愛感は、人それぞれ

あの時代、特に浅間山荘事件との関連性

読んでいるときはこの点に意識が向かなかったが、後から考えるとある種の共通項が見つかる

すなわち、布美子の元カレの唐木や、浅間山荘事件を起こした連合赤軍の若者たちは、「現実」とは断絶した「革命」という幻想の世界にのめり込み、その世界に酔い痴れることで、その空虚感や絶望感のようなものを忘れ去ろうとしたが、現実世界と激しくぶつかり、現実世界の時代の流れという大きな力に押しつぶされた

一方、片瀬夫妻と布美子も、複数愛の秘密の花園とも言える退廃的で享楽的な幻想世界に住み、その世界に酔い痴れる事によって、理不尽な現実世界への憤りと絶望感のようなものを忘れ去ろうと、あるいはささやかな反逆を試みようとしていたが、雛子と大久保の恋愛という極めて人間的・現実的な力が働き始めた途端にこれと激しくぶつかり、簡単に壊れ去った

そして、連合赤軍と布美子は、現実に帰ることを拒絶し、幻想と心中するかのように破滅的な行動に出て事件を引き起こした

まとめ

小池真理子の「恋」は、男女関係の微妙なバランスについて、心揺さぶられるところの多い、読み応えのある作品でした

布美子の未熟さにイライラするところもあったが、そのうち話の中に引き込まれてしまいました

恋をテーマにしながら、犯罪心理を深掘りすることで、虚無感をも扱っています

そして、70年安保闘争から浅間山荘事件の時代の空気感を味わうこともできました

こういう、別の時代を感じるのも読書の楽しみの一つですよね

男女関係、特に複数愛などに興味がある方は、ぜひご一読を♬

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