こんにちは
このブログでは、人生を豊かにする味わい深いモノ・コト・トコロなどの情報を取り上げて行きますが、今回は一冊の本をご紹介します
今回ご紹介するのは、ロバート・A・ハインラインの「異星の客」というSF小説です
この本は様々なテーマを含む重厚なものですが、その一つに自由恋愛ないし複数愛があり、とても興味深かったので、その点を中心にご紹介します
なお、以前にも、複数愛の一つの形を知る小説として、小池真理子さんの「恋」をご紹介しましたので、ぜひご覧ください
複数愛の古典的SF小説〜ロバート・A・ハインライン著「異星の客」(創元SF文庫)
ロバート・アンスン・ハインライン(1907〜1988)は、アイザック・アシモフ、アーサー・C・クラークと並ぶ世界の3大SF作家の一人として知られるSF界の大御所です
主な著作として「ガニメデの少年」、「宇宙の戦士」(「スターシップトゥルーパーズ」として映画化)、「月は無慈悲な夜の女王」、「夏への扉」(「夏への扉〜君のいる未来へ」として日本映画化)、「輪廻の蛇」(「プリディスティネーション」として映画化)、「ダブル・スター」、「人形使い」(「ブレインスナッチャー」として映画化)、「宇宙船ガリレオ号」(「月世界征服」として映画化)などがあり、優れたSF・ファンタジー作品に送られるヒューゴー賞を4回受賞しています
本書「異星の客」は、そんなハインラインが1961年に出した代表作で、主人公「火星から来た男」マイケル・スミスの地球人とは全く異なる性質と彼をめぐる地球人の様々な反応を描いています
約780ページというボリュームに加え、もう一人の主人公とも言える老学者作家ジュバルを筆頭に、登場人物たちの語りがシニカルな風刺とメタファーに溢れすぎていて、そのユーモアのセンスに慣れるまでは若干読みにくかったのですが、内容的には読み出したら止まらない面白さでした
本書のテーマは政治・宗教・哲学と多岐に渡り、ヒッピー運動の影のバイブルとも言われていますが、その中でも、複数愛ないし自由恋愛に関する部分はとても印象的だったので、その点を中心にご紹介したいと思います
なお、ネタの全ては明かしませんが、一部ネタバレを含むので、ご注意ください
あらすじ〜「火星人」が地球にやってきたらどうなる?
人類初の第一次火星探検隊男女8名が火星に着陸後消息を絶って四半世紀が経ち、ようやく第二次火星探検隊が派遣された結果、第一次探検隊のカップルから生まれて火星人たちの中で育った若者(スミス)がただ一人の生存者として発見され、地球に連れて来られた
かつて月の所有権について争われた裁判の判例に従えば、スミスは火星という独立国のただ一人の所有者になる上、第一次火星探検の際の取り決めにより極めて莫大な資産を持つことになる
そのため、ときの最高権力者であるダグラス世界連邦事務総長は、スミスを直ちに病院に隔離・軟禁して世間の目から遮断し、密かにその権利や財産を独占しようと企てを進めた
しかし、その病院の看護婦ジルとその恋人でジャーナリストのベンがダグラスの企みを察知して、スミスを病院から連れ去る計画を練り、ジルが実行したものの、ベンは連邦の組織に捕まってしまった
そこでジルは、ベンが信頼する人気作家で弁護士・医師・理学博士でもあるジュバルのもとへスミスを連れて行き、ジュバルに助けを求めた
ジュバルは、プール付きの邸宅に3人の美人秘書と2人の使用人を従えて何不自由なく暮らす老人であったが、成り行きでジルとスミスを匿うこととなってからは、智略を尽くして連邦組織と戦い、ついにはベンを救い出し、スミスの正当な権利を守ることに成功した
ここまでが前半ですが、この過程で、スミスが火星で身に付けた独特の考え方と一瞬で人やモノを消し去ってしまうなどの特殊能力が少しずつ明らかになります
そして後半は、スミスがジュバルのもとから自立し、ジルとともに社会で様々な活動を始めるプロセスと、その結果巻き起こる大騒動が描かれます
スミスは、ジルと二人で放浪しながらいくつかの職業を経験するが、そのうち地球の人間の本質を認識し、新啓示派と呼ばれるある新興宗教からヒントを得て、自ら「すべての世界の教会」という宗教団体を創設し、教会を建てて信者らと共同生活を始めた
そこは宗教団体という形を取ってはいるが、火星語を習い、火星語でなければ真の理解は得られない火星人的な思考と超能力(テレパシーや念力など)を身につけ、「水兄弟」という特別な契りを交わし合った複数の男女が自由に性交して融け合う「和合生成」の巣であった
しかし、信者が増えるにつれて、既存の宗教団体や世間からの攻撃がエスカレートし、スミスは公然わいせつ、詐欺などの罪で訴えられ、何度も逮捕されるようになる
そしてしまいには、スミスの教会が破壊され、その逃亡先にジュバルも駆けつけるが、そこで、火星人たちがスミスを地球に送り込んだ真の目的がスミスの口から明かされる
ちょうどその頃、追手が逃亡先を突き止め、スミスを非難する群衆もそこに押し掛けてきて。。。
「異星の客」で語られる複数愛の心
この物語によれば、火星では所有の概念がなく、地球人と同じような形での男女の両極性もありませんんでした
若年期は全員が女性のニンフで、そのごく一部だけが大人に成長するが、成長した者は全員男性となるのです
成長した火星人(男性)は、修行期間を生き延びたニンフ(女性)を集めて受胎するのですが、生殖行為はもっぱら生物学的な意味しか持たないものでした
したがってそこに恋愛や結婚の概念はなく、嫉妬や争いもなかったのです
スミスはそのような火星人の常識しか知らなかったのですが、地球で暮らすうち、地球人の性交がいかに素晴らしいものであるかを知って心を動かされます
それは想いは、スミスの次の言葉がわかりやすいので引用します
男女両性があることは、われわれにとっては最大の賜物で、ロマンチックな肉体の愛は、この天体にしかないものかもしれません。もしそうだとすれば、宇宙というのはこんな貧しいところはないし、私は漠然と、神であるわれわれがこの貴重な発見を救い、広めようと認識したのです。陶酔を分かち合う中で魂が融合し、与え、受け、互いに喜ぶ肉体の和合は、とにかく火星にはそれらしいものは何もないのだし、これこそこの惑星をこんなに豊かなすばらしいものにしている根源だと、わたしには完全に認識できるのです。
(中略)
性的結合というものは、そうあるべきなんです。しかし、そういう場合がめったにないことを、私はゆっくりと認識しました。代わりにそれは、冷ややかなもの、機械的に行う行為であり、ルーレットより悪い、もっと誠実さのない強姦であり誘惑であり、選ぶと選ばざるとにかかわらず、売春であり独身生活であり、恐怖と罪、憎悪と暴力であり、子供たちはセックスを悪いこと、はずかしいこと、けだもののすることと教えられ、ときには隠さなければならないことで、いつも信じられないことになっているんです。この男女両性があるという愛すべき完璧性が、ひっくり返しになり、裏返しになり、おそろしいものになっているんです。
東京創元社発行「異星の客」(ロバート・A・ハインライン著、井上一夫訳)
しかもこの悪のすべてが、嫉妬の結果なんです。ジュバル、わたしにはそれが信じられなかったくらいですよ。今でも完全には嫉妬を認識していませんが、わたしにはそれは狂気に見えるんです。わたしは初めてこの陶酔を知ったとき、最初に考えたのはこれを分け与えたい、すぐに水兄弟のみんなに分け与えたいということでした。あの女性たちには直接に、男性にはもっと分かち合うことを勧めることによって、間接に。この尽きない泉を自分一人に抑えておこうとする考えなど、もし思いついたとしても、わたしをおそれさせたでしょう。
(なお、ここでスミスが、「神であるわれわれ」と言っているのは、彼が「神」という地球語を理解しようとして得た答えが、「汝は神なり。我も神なり。存在するものすべて神なり。」ということだったからです)
スミスは、このような想いから、水兄弟の間では、嫉妬や独占などなしに、いつでも誰とでも「和合生成」の至福を味わうことができる共同体を作ったのです
これは、現代社会の常識的な性的道徳観念と相容れないため、社会から迫害を受けることになるのですが、この作品中でも触れられているように、かつてのエスキモー社会にはこれと似たようなところがあったらしいですし、時代や地域を広く見渡せば、今の一夫一婦制をはじめとする家族の形や因習的な性的倫理観など、ごく限定的な「常識」に過ぎません
すでに触れたヒッピーのカルチャーや、最近耳にする「ポリアモリー」などの考え方も、スミスのそれと共通しており、この小説からの影響もあるようです
60年前に想像された未来社会と今の現実とのギャップ
このSF小説は、約60年前に書かれているので、今の現状と比較してみるのも面白いです
作品に欠けていて現実化しているのは、なんと言ってもインターネットと通信機器の発達です
作品の中で、遠くの人間と連絡を取り合ったり情報を入手したりするときに、電話や手紙、テレビ番組などに頼って苦労している部分には時代を感じさせられました
また、男女差別と人種差別につながる表現が散見されますが、これも当時としては先進的だったであろうハインラインですら当たり前のように差別的な表現を使っていた時代性を感じるとともに、それに強い違和感を覚えるのが当たり前になったことは、社会の常識は変化するものなのだというある種の感慨を抱かせます
逆に、作品にあって、現実化していないという観点で見ると、火星有人飛行などの宇宙開発はまだまだで、そこには様々な理由があるのでしょうが、人類の宇宙への情熱が想像されたほど大きくならなかった印象を受けます
また、火星人の能力として登場したテレパシー、サイコキネシスなどの超能力系の研究についても、表立った進展は見えません
これらが解明され、現実化すれば、その社会・経済・文化へのインパクトは想像できないほどの大きさになるでしょうね
総じて感じられるのは、この60年間、人間自体の能力、とりわけ精神的な能力を高める方向での発展は乏しく、むしろ逆に、人間の諸活動をテクノロジーが援助したり代替したりすることにより、結果として人間を弱体化させる方向に進んでいるのではないかということです
昔のSF小説を読むと、文明の発展や変化について考えさせられることが多く、とても面白いです
終わりに
この作品は、「死」についても扱っています
火星では、死は「分裂」と呼ばれる変化に過ぎず、分裂後の肉体は食糧で、霊的な存在は「長老」として火星人社会の重要な一員となっています
そのためか、スミスは肉体の死をおそれず、他者を「分裂」させることにも躊躇がありませんでした
死が変化の一つに過ぎないと考えたとき、人生の在り方や捉え方も大きく変わってくるでしょう
本書は大部で読み応えがありますが、面白く、かつ考えさせられることの多い古典的名作でした
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